Войти翌日。
今、アラミラ王国はいわゆる夏にあたるらしくあと三週間もすると夏休みになるそうだ。 その前に前期の試験がある。 ってことは、試験に向けた課題とか出されるんだよな……そう思うと気が重い。 ここゲームの中なんだろ? なんでゲームでも課題に苦しむことになるんだよ。 俺は今日も妹のマリアと一緒に車で登校する。 マリアは制服があり、セーラー服みたいな服を着ているけど、大学生である俺には制服がない。とはいえ服装を考えるのが面倒だから、俺は黒のスラックスに白の半そでシャツ、ベストを着て大学に行っていた。 「……それでね、最近殿下とお話しする機会が増えたの」 学校に向かう車内でマリアがそう言いだした。 殿下っていうのは俺たちの従兄弟で王太子であるマルセル殿下だ。 今年で十八歳になる高校三年生。長めの金髪に青い瞳の優しげな青年だ。 突然現れた従兄弟である俺たちを、暖かく受け入れてくれている。 俺は週に一度、一緒に食事をとる時しか会わないけど、マリアは学校で顔を合わせるんだろう。 「あれ、学校じゃあ殿下って呼ぶの禁止されてるんじゃなかったっけ」 「そうそう。学校では身分は関係ないから、みんな『さん』付けで呼んでるんだけど……マルセルさん、って呼ぶの、さすがに恐れ多くて」 そう言って、マリアは苦笑する。 それはそうだよな。 俺たちがここに引き取られたのは三月。 その前まで王家なんてスゲー遠い存在で、話題に出るとしても様付が当たり前だったもんな。 国王の弟が失踪した話は聞いたことあったけど、まさかそれが父親だとは思わなかった。 「不安だったけど、学校の生徒の大半は私と同じ平民出身だし、友達もできてよかった」 言いながらマリアは笑う。 よかった。 超田舎の庶民でだから、マリアがちゃんと受け入れられるかって心配だったんだ。 「お兄ちゃんはどうなの、大学」 「うえ?」 妹の、大きな緑色の瞳がじっと、俺を見つめる。 「お友達できた?」 できてません。 むしろ浮きまくってます。 そんな事言えず、俺は目を泳がせて呻る。 そこから察したのだろう。マリアは心配そうな顔をして言った。 「大丈夫、苛められてない?」 「そんなことあるわけないだろ」 平民育ちとはいえ、国王の甥にあたる相手をそうそう苛めたりしねえだろう。 「ならいいけど」 「俺の心配はいいから、お前は高校生活楽しめよ」 言いながら俺は妹の頭を撫でた。 するとマリアははにかんでうん、と頷いた。 そして車が止まり、俺は妹と別れて大学へと向かう。 エドアルド……どうやって俺の妹と接点もつんだろ? 俺が家に連れて行くとかするのかな。それとも文化祭とかで顔を合わせるとか? 全然想像つかないや。 そもそも妹がやっていたゲームだから俺が知っているわけないんだよな。乙女ゲームなんてやんないし。 攻略対象のキャラ、同級生や先輩、大学生に王宮の騎士、それに先生も含まれていたような…… ……先生はどうかと思うんだけど。王子だって従兄弟だろ? どうなんそれ。 そんな事を考えながら、俺は講義が行われる講義室へと向かった。 ざわめく室内に入り、俺は自然とエドアルドを探す。猫、どうなったんかなあ。 そもそもこの講義で一緒かわかんねえや。 そう思いいたり、俺は空いてる端の席に腰掛けた。 教科書をトートバッグから出してパラパラとめくる。 どうやら俺は理科系の講義を中心に受けているらしく、数学やら生物やらの教科書が多かった。 今回は化学の講義だ。 あとファンタジー世界っぽく魔法の授業も存在する。 教科書を見ながら俺は、どうしたらこの世界から出られるのか考えた。 ゲームクリアしたらいいのか? でもこの物語の主役はマリアだよな。俺じゃない。 彼女がハピエン迎えたらいい? え、物語の最後っていつ? 卒業までか? でも俺はどういう役割? え、わかんねぇんだけど。 ルカとしての意識と春野京佑としての意識があるのに、俺自身に与えられた役割が全然分かんねえ。 考えながら俺は頭を抱えた。 あー、わかんないってスゲーストレス。 その時、なんだかちょっと変わった甘い匂いがした。 何だこの匂い……香水……? 花じゃねえよな…… 甘さの中に爽やかさを感じる匂いだ。 「おい」 不意に声をかけられてびくっとして俺は顔を上げて声がした方を見た。 机の横にエドアルドが立っていた。 どうやら匂いの主はこいつらしい。 「え、あ……え、エドアルド……さん」 「なんだ、その呼び方。エドアルドでいい」 呼び方がわかんなくて思わずさん付けしちゃったけど、不自然か…… っていうかこいつ何歳だろ? 一年休学してたって話だから、二十歳以上だよな…… 彼は俺を見下ろして言った。 「お前、いつもひとりなのか」 「え? あー……うん、まあ」 言いながら俺は苦笑いする。 俺が王位を狙っているだとか、金目当てだとか。そんな噂が流れてることはなんとなく知っている。 付き合いたくない相手と付き合うつもりなんてないし、ひとりのほうが気楽は気楽だ。 「何で」 「何でって、別にいいじゃないかそんなこと」 そう答えながら俺は下を俯く。 いいや、それよりもだよ。俺は顔を上げてエドアルドを見て言った。 「お前こそ、いつもひとりじゃねえの?」 「そんなに俺のことを見ていたのか?」 そう言われると、顔が一気に熱くなるのを感じた。 「み、見てねえし」 言いながら俺は首を横に振る。 するとなぜかエドアルドはにやっと笑い、 「へえ」 なんて言う。 「っていうか何の用だよ?」 「見かけたから声をかけただけだ」 「それって何の用もねえってことじゃねえか」 俺が言うと、エドアルドは笑いながら言った。 「まあ、そうだな」 そして彼は、俺の前の席に座った。 甘い匂いがなおさら強く香ってくる。嫌な匂いじゃないけど……なんの匂いだこれ。 「なんで前に座るんだよ」 「別にどこに座ってもいいだろう」 そして彼は、バッグを下ろして教科書などを取り出す。 なんなんだろうこいつ。気になるけど、でもこいつマリアの攻略対象なんだよなぁ…… あーどうやって俺の妹と接点もつんだよ? 気になりすぎるんだけど? って俺、いつの間にかルカとしての意識が強くなってるのかも。 俺は春野京佑……だよな? うん、日本での記憶がちゃんとあるし。 なんか俺、自分が何なのかわかんなくなりそう。 俺の目標は……この世界から脱出すること、だよな。 マリアがハピエン迎えられれば帰れるなら、何とかして俺はあの子が幸せになるようにしないと。教授がやってきて講義が始まる。 俺の前にエドアルドが座っているからどうしても視界に入って、なんだか落ち着かなかった。 王太子ならエドアルドのことをなんか知ってるかな。 ルカの知識の中に、エドアルドの事は何もない。だから今まで接点何にもないんだろうな。 毒公爵だろ? なんでマリアと接点もつんだろうか。 俺はエドアルドの頭を見つめ、頬杖をついて首を傾げた。 講義が終わり、俺は教科書などをバッグにしまう。 なんか前が気になってあんまり集中できなかったなぁ…… そう思いながら立ち上がると、エドアルドが声をかけてきた。「ルカ」 名前を呼ばれて、ビクッとしつつ俺は彼の方を見る。 紫色の瞳は彼にミステリアスな雰囲気を纏わせる。 「な、何」「講義、被ってるものが多いな」「あ、あぁ。そうだな」 言われてみれば、エドアルドの姿を見ることが多い気がする。 ってことは次も一緒とか……? 次は魔術理論だ。ふつうなら一年目で履修するような講義だし、ちげえよな。「次の講義何うけるんだ?」 エドアルドに聞かれ、俺は答えた。「魔術理論だけど」「あれ、お前、何歳なんだ?」 怪訝な顔をして、エドアルドは言った。なんか変に思うところあるのか?「俺は今年で二十歳だよ。お前は?」「今年で二十一だ」 あれ、俺より年上かよ?「なんだ、同い年だと思ってた」「一年休学したからな。だけど魔術理論は履修済みだ」 学年的には二年生、って感じなのかな。俺は一年扱いだから……そりゃ、全部被るはないか。 エドアルドは何かを考えるように下を俯いた後、顔を上げて言った。「猫だけど」 そして彼は、バッグをショルダーバッグを肩にかける。「猫って昨日の」「連れて帰ったら、侍女や侍従が喜んで。それで俺がいない間は皆が見てくれると言ってくれて」 そして彼は恥ずかしげに俺から目をそらす。 こいつ、人に面倒見させるのはって心配していたんだっけ。「よかったじゃないか」 絶対猫好きな侍女や侍従がいるよな。だって猫だし。 するとエドアルドは、なんか嬉しそうな、でも恥ずかしさを隠しきれないような顔になる。「……あぁ……そうだな、お前が言ってくれなかったらあの猫を連れて帰る決意がつかなかった」 と言い、はにかむように笑った。「あの猫にとって何が幸せかなんてわかんないけど、
翌日。 今、アラミラ王国はいわゆる夏にあたるらしくあと三週間もすると夏休みになるそうだ。 その前に前期の試験がある。 ってことは、試験に向けた課題とか出されるんだよな……そう思うと気が重い。 ここゲームの中なんだろ? なんでゲームでも課題に苦しむことになるんだよ。 俺は今日も妹のマリアと一緒に車で登校する。 マリアは制服があり、セーラー服みたいな服を着ているけど、大学生である俺には制服がない。とはいえ服装を考えるのが面倒だから、俺は黒のスラックスに白の半そでシャツ、ベストを着て大学に行っていた。 「……それでね、最近殿下とお話しする機会が増えたの」 学校に向かう車内でマリアがそう言いだした。 殿下っていうのは俺たちの従兄弟で王太子であるマルセル殿下だ。 今年で十八歳になる高校三年生。長めの金髪に青い瞳の優しげな青年だ。 突然現れた従兄弟である俺たちを、暖かく受け入れてくれている。 俺は週に一度、一緒に食事をとる時しか会わないけど、マリアは学校で顔を合わせるんだろう。 「あれ、学校じゃあ殿下って呼ぶの禁止されてるんじゃなかったっけ」 「そうそう。学校では身分は関係ないから、みんな『さん』付けで呼んでるんだけど……マルセルさん、って呼ぶの、さすがに恐れ多くて」 そう言って、マリアは苦笑する。 それはそうだよな。 俺たちがここに引き取られたのは三月。 その前まで王家なんてスゲー遠い存在で、話題に出るとしても様付が当たり前だったもんな。 国王の弟が失踪した話は聞いたことあったけど、まさかそれが父親だとは思わなかった。 「不安だったけど、学校の生徒の大半は私と同じ平民出身だし、友達もできてよかった」 言いながらマリアは笑う。 よかった。 超田舎の庶民でだから、マリアがちゃんと受け入れられるかって心配だったんだ。 「お兄ちゃんはどうなの、大学」 「うえ?」 妹の、大きな緑色の瞳がじっと、俺を見つめる。 「お友達できた?」 できてません。 むしろ浮きまくってます。 そんな事言えず、俺は目を泳がせて呻る。 そこから察したのだろう。マリアは心配そうな顔をして言った。 「大丈夫、苛められてない?」 「そんなことあるわけないだろ」 平民育ちとはいえ、国王の甥にあた
朝食を食べた後、俺たちは学校へと向かう。 マリアが通う高校と俺が通う大学は同じ敷地内にあるため、毎日一緒に登校している。 車で送られ、俺たちは学校に着く。 シエル学院。王族や貴族に最高の教育を、という目的で作られた学校だが、生徒の大半は平民だ。 貴族は年々減少していて、貴族だけを相手にしていたら儲からないから平民も受け入れているらしい。 田舎にいた時、マリアは学校に通っていたけど俺は働いていた。でも王族だから、という理由でこの学校に半ば強制的に放り込まれた。 大学は単位制で、学年はあんまり意味がないらしい。 希望する教室に属し、取りたい授業を好きにとる。 学校で俺はおもいきり浮いていた。 だってずっと行方知れずだった王族の息子で、田舎出身なんて超浮く要素しかねえじゃん? 国王の甥で王子とは従兄弟になるってわけだが、すげー遠巻きにされている。 妹は妹でうまくやっているらしいけど、っていうかそもそもこの物語の主人公だもんな、マリアは。 たぶん攻略対象とされる王子とか騎士見習いとか貴族の子供とかいて、そいつらと仲良くやってんだろうなぁ…… 俺はぼっちなのに。 広い講義室に入り、俺は真ん中あたりの席に座り教科書を出す。 知らない文字で書かれているはずなのに、ちゃんと読めるの不思議だな…… どうやら歴史の講義らしく、教科書には神話の話やら戦争の話が載っている。 俺は転生したのか……? それとも転移? いいや、転移なら姿まで変わらないよな。 じゃあなんだろう……憑依、かな。 俺の意識が、ルカに乗り移ったんかな。 でもなんでだよ? 全然心当たりがない。 昨日、俺はバイトの後自分の部屋に帰って寝たはずなのに…… んで、なんか夜中に揺れたような……? うーん、思い出せない。 悩む俺をよそに、室内はざわめきで包まれている。 聞こえてくるのは色んな噂話。 どの貴族が不倫しているだの、どこの誰が可愛いだの誰と誰が付き合ってるとかそんな話ばかりが聞こえてくる。 他に話題ないのかよ?「カルファーニャ様だ」 誰かが呟く声がして、俺は顔を上げて振り返った。 入り口にいたのは輝く白っぽい金髪に、紫色の瞳の青年。 毒公爵の異名を持つカルファーニャ公爵家の次男、エドアルド=カルファーニャだ。 確か、病気か何かで一年くらい休学していた
嗅いだことのない匂いを感じ、ゆっくりと意識が浮上する。 目を開くと見たことのない天井が目に入った。 あれ、うちの天井じゃない。 俺が住んでいるのは一DKのアパートだぞ。 こんな茶色の天井なんかじゃないし、こんなに高くもない。 俺は身体を起こして辺りを見回し、事態を把握しようとする。 なんだここ。スゲー広い。俺の部屋の四倍はありそうだ。 広いベッドにクローゼット、大きなソファーにテーブルに……って、明らかに俺の部屋じゃない。 俺は春野京佑。日本人で、大学二年生だ。 実家を出てアパートでひとり暮らし。 だけどここは絶対アパートじゃない。どこかのホテルのスイートルームみたいだ。 俺はベッドから起き上がり、ふらふらと窓に歩み寄る。 カーテンを開いて外を見ると、広い中庭が目に入った。 そして、高い城壁…… どういうことだよ、ここ、もしかして日本じゃない? もちろん俺の部屋でもない。 鏡、鏡ねえか? きょろきょろと辺りを見回して俺は、鏡台を見つけそこに走り寄った。「……!」 そこに映っていたのは、緑がかった金髪に緑色の瞳をした知らない男だった。 誰これ。 そう思いながら俺は顔に触れて頬を引っ張る。 痛い。ってことは夢じゃない? どういうことだよ。 戸惑っていると、扉を叩く音がした。 はっとして振り返ると、勝手に唇が動いた。「どうぞ」「失礼いたします」 聞き覚えのない男の声に続いて、扉が開く。 入って来たのは黒いスーツ姿の若い青年だった。 って誰? そう思うのに勝手に口が動く。「レオ」 彼はレオ。俺の侍従だ。 俺はルカ=パルッツィ。国王の弟の子供だってつい最近知った。俺は親の出自なんて何にも知らず、両親が死んだあとに国王の使いが現れて、ここに引き取られたんだ。 ちょっとまて、俺はなんでそんなこと知ってるんだ? ここは……そうだ、アラミラ王国だ。 待て、これ、聞き覚えあるぞ。 妹がやっていたゲームじゃね? なんか誕生日のプレゼントに欲しいって言ってて、親に頼まれて買いに行ったんだ。 その時、どんなゲームか調べたからなんか覚えてるぞ。 確か親がアルミラ王国国王の弟であると知って王宮に引き取られたヒロインが、王族や貴族、騎士と恋愛する話だったと思う。 なんでろくに知りもしないゲー







